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ニュースルーム3 第6話 ドン・キホーテの遺志

The Newsroom 3 #6 What Kind of Day Has It Been

チャーリーの葬儀が行われることになり、ACNのスタッフたちはみな式に参加する。
オーナーではなくなったレオナも式に参列し、マケンジーに自分の気持ちを吐露する。
スローンとドンは、葬儀の後、埋葬のために墓地へと向かう車の中で、
ウィルにチャーリーが倒れた日に、何があったのかを説明するのだが、
彼からはいってほしい慰めの言葉はもらえずにいた。葬儀のセレモニーの間中、
それぞれのシニアスタッフたちは、この3年間とチャーリーとの思い出を心に浮かべ、
振り返るのだが…。

「ニュースルーム」のファイナルエピソード。これで終わりです。
内容も難しかったですし、社会的な問題もたくさん盛り込まれていたので、
好き嫌いは大きく分かれるところだとは思いますが、私は好きでした。
実はblog友人のatsumiさんが、このドラマの終わりのほうで、
クリエイターのソーキンが脚本のことやライターのことで、
かなりバッシングを受けていたということを教えてくださったのですが、
その点については、最後まですべてのエピソードを見たあとで読み返しても、
そこまで問題がある内容だったようには、(私には)思えませんでした。
もちろん人それぞれの見方があるので、そういうふうに感じる方もいるのねと、
そうは思いましたが、この作品がそういった発言によって、
穢されるようなものであるとは、私には思えませんでした。

このふたつ前のエピソード、S3-4「決別の日」のときにも同じことを書いたのですが、
このフィナーレ、とてもソーキンの特徴が際立つエピソードでした。
原題である"What Kind of Day Has It Been"というのは、
実は「ザ・ホワイトハウス」のS1フィナーレである「凶弾」と同じものです。
そして、エピソードの中で使われている手法もとても似ていました。
フラッシュバックを多用したエピソードで、チャーリーへの思いに寄せて、
3年前に起きたことを、一部はパイロット版で実際に見せたシーンを、
一部は新しくアドされたシーンを加えながら、彼らの歩んできた歴史を、
視聴者が一緒にたどれるように、計算されて作られていました。
そして、シナリオが緻密に計算されて作られているものだとわかっていながらも、
やはり胸にこみ上げるものが変わらないのも、ソーキンのすごさだと思います。

どんな作品でも、ライターやクリエイターたちは、喜びや悲しみといった、
心を動かす何かを計算してストーリーを紡いでいくわけですが、
その技術が拙いと、あざとく見えてしまったり、伝わってこなかったり、
何も感じなかったりすることがある。その計算を理解したうえでなお、
心に訴えるものがあるのは、大きな力なのかなと思う。

ニュースの在り方とはなんなのか。ずっと掲げられてきた議題です。
今回、最後のエピソードにあたり、"calling"という言葉が使われていました。
私は自分が語るときには、使命という言葉をずっと使ってきましたが、
このcallingという言葉には、はっとさせられるものがありました。
英和辞典でひくと、天職や神のお召といった訳され方をしています。
神からのお告げという言葉を使ったほうが近いでしょうか。ジャーナリストとは、
まわりに流されず、真実を伝えるという、ニュースの使命を、
心に受け止め、真摯に向き合う人。それはやりなさいと言われるものではなく、
自分の内側から湧き上がってくるもの。そういうことなのだろうと思います。

ニールがやっと戻ってきました。そして彼がブリーをはじめとする、
ACNデジタルのスタッフたちにいった言葉は、まさにそれでした。
You embarrass me.
かなりきつい言葉でしたが、淡々と告げるその声はジャーナリストのものでした。

詳しくはわからないのですが、本来であれば、もっと続けたかった作品なのだと思います。
ジェノアのことは、このシーズン、少しふれられただけでさらりと流されていましたし、
ジェノアの裁判がどうなったのかについては、何も回答がないままでした。
また、プルイットがあれだけの押し付けをしてきていたのにもかかわらず、
あっさりとレオナの言葉を受け入れ、マックを社長として据えたのも、
6話で終わらなければならない大人の事情が見えてしまったのが残念でした。
もうあと3話あれば、もっとクオリティ高く(これでもかなり高いですが)、
今までのエピソードの回収ができただろうに、もったいない感じはしました。

マギーがDCに行くことにしたのは、いいことだと思います。
このことについても、女性蔑視なのではという意見が出ていましたが、そうでしょうか。
ジムが推薦したからDCの仕事があり、彼が昇格させるから、NYでシニアPになれる。
マギーはそんなお飾りの存在ではなかったと思います。DCの仕事については、
まだ面接に呼ばれただけで、「きっと受かる」とジムもスローンも言ってはいましたが、
それは友人としてのサポートとしての言葉でしかありません。
ほかの候補者に交じって面接をし、オファーを勝ち取らなければ、
その仕事はマギーのものにはならないわけで、そういう捉え方をするのも、
もちろんその人の自由ですが、何か足枷を私は感じてしまいます。

ともあれ。
いろいろな意見をかもしたということは、やはりそれなりの議論を呼ぶべき、
内容があったということなので、それこそがこのドラマの真髄だったのかなと。
いいショーだったと思いますし、私は好きでした。
また彼の作品を遠くない未来に見れればと思っています。
ありがとうございました。

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